コラムニストの雑記帳
金融報道の“罪”

 話は1990年代に遡る。平成の金融恐慌のクライマックス第2幕は、日本長期信用銀行(現・新生銀行) の経営危機報道から日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の長信銀2行が立て続けに破綻したあたりだった。
 共同通信が長銀の経営危機を報じた1998年6月から、長銀に続いて日債銀までもが破綻処理に追い込まれた同年12月までの半年間、客観報道の領域を逸脱した金融報道の混乱が、金融機関の命運を左右し実体経済にも少なからず影響を与えた。
 この騒動が一段落した頃、月刊誌の編集者が事務所に現れ、こんなことを言いだした。
「長銀や日債銀の経営陣はいずれ刑事・民事の両面から責任を問われることになります。世論が厳しいから、大蔵官僚も無傷ということはないでしょう。問題は新聞。あれだけ書き飛ばして実体経済にも影響を及ぼしておきながら、釈明も検証もない。いいんですかね」
 マスコミの金融報道がいかに間違い、世の中を混乱させていたかを書いてみないか、という打診だった。しかも「やれるのはあなただけ」という。
 そう言われれば否も応もない。早速、グループ「新聞の危機」を立ち上げ、半年間の金融関連報道の検証作業と取材にとりかかった。と言っても、仲間は件の編集者のみ。名前を伏せてグループとしたのは、機微に触れる部分まで協力してくれた現役の記者やデスクに迷惑をかけたくなかったからだ。
 企画案を練り上げ、執筆を終えるまで1か月以上の時間を要したが、正直言って取材を始めた時点ではどんな仕上がりになるか、イメージがまったく浮かばなかった。それが、検証の結果と取材メモを突き合わせてみると、興味深い構図が浮かび上がる。
 まず、当時の時代背景だが、それまで金融行政でも強大な権限を握っていた大蔵省(現財務省)が、住宅金融専門会社(住専)処理への公的資金の投入や一連の不祥事など背景に高まった凄まじい大蔵批判のうねりの中で「財政と金融の分離」を余儀なくされ、金融監督庁(現金融庁)が一人立ちしようとしていた頃、金融行政が大蔵省から金融監督庁に移る過渡期に長銀と日債銀が破綻した。
 当の金融機関だけでなく、金融機関を監督する当局も混迷の度を深めていた時期で、その隙に乗じて“にわか当局者”があちこちに出現。都合の良い情報や不確定な情報を「確かな情報」と記者に流し、金融報道を混乱させていた実態が明らかになった。
 いい加減な情報には迂闊に乗るべきではないが、速報重視の時代に生きる記者たちは焦りからか、“にわか当局者”が仕掛けた陥穽に落ち、誤報を重ねた。この時期の金融報道で最後まで無傷だった新聞社や通信社は1社もなかったと記憶している。
 大蔵省から金融監督庁に移行する金融行政の過渡期という酌量の余地があったとしても、「間違いだらけの金融報道」を仕方なかったで済ますわけにもいくまい。いずれは自身の報道をきちんと検証するメディアが現れることを期待して、その露払い役を務めるつもりで「間違いだらけの金融報道」を書いた。
 が、大半のメディアが「あの時点では正しかった」「清んでしまったこと」と検証を避けた。頬被りをきめこんだ、と言ってもいいだろう。
 長銀の粉飾決算事件で証券取引法違反などの罪に問われていた旧経営陣3人に対する上告審判決で、最高裁第2小法廷は今月18日、被告全員に無罪を言い渡した。同時に、民事の損害賠償訴訟も退けられ、3被告は晴れて無罪に。結果、長銀経営陣は誰一人として破綻の責任を問われずに終わった。
 解明なく幕を閉じたのは破綻責任だけでない。当局の責任も、金融報道の“罪”もみんな曖昧なまま幕を閉じた。


前夜

 内政では思うように指導力を発揮できない福田首相が、7日から洞爺湖で開催されるG8サミット(主要国首脳会議)など一連の国際会議の議長を務める。
 低下した求心力はいつまで経っても上向かない。通常国会でさんざ苦労した“ねじれ現象”はこれからも続く。政治を取材している記者たちは、「この政権、いつまでもつのだろう」と福田政権の行く末をかなり悲観的にみている。
 が、サミット絡みの記事や社説を書く段になると「指導力を発揮せよ」などと、首相をしっかりと後押しする。そこまでいかない場合でも、「指導力が問われる」と中立を装い、けっして「うまくいきっこない」とは書かない。何故か。
 サミットのホスト(議長)は、よほどのことがない限り恥をかくことはない。円卓で議論をかわす首脳たちも、最後は喧嘩別れすることなく柔和な表情で会場を後にする。
 サミットについてどのような意味づけをしようと、決して失敗しないように参加国の裏方たちがしっかりと支え合っているから、誰が議長を務めても期間内にゴールに辿り着けるのである。

 ここまで書いたところで、日米首脳会談後の共同会見が始まった。
 福田首相の受け答えに「大丈夫?」と感じた人は多かったと思う。サミット本番でもそうなるかもしれないが、首相は3日間の日程をつつがなくこなし、最終日9日の午後3時半には議長として満面に笑みをたたえサミット閉幕後の会見に臨むはずである。